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【番組表理論で遊ぼう(18)】

皆さんこんばんは。

【番組表理論で遊ぼう(18)】
・・・「弥生賞」と「スプリングS」に関する補足事項

先述の(15)及び(17)で「若葉S」についての補足事項をお伝えしたので、今回は改めて「弥生賞」及び「スプリングS」についても幾つかの点を確認したいと思います。

但し、勿論これがすべてという訳ではなく、詳細に見て行けばもっといろいろと重要な変更点(=指定戦化・混合戦化・Jpn戦化・国際戦化・冠化・各種「副題」戦化等)が浮かび上がるので、各自で御検証・御確認願います。

「弥生賞」
1964年~・・・第1回、3歳馬(当時の4歳馬)限定の重賞競走として創設、中山の芝1600M別定戦
65年~67年・・・東京芝1600M
68年・・・中山芝1600M
69年・・・東京ダート1400M、70年・・・東京ダート1600M
71年~・・・中山芝1800M化、馬齢戦化
82年~・・・上位5着までに皐月賞の優先出走権を付与
84年~・・・グレード制導入により中山芝2000MのG3戦
87年~・・・G2戦化
91年~・・・皐月賞優先出走権取得は上位3着までに変更

「スプリングS」
1952年~54年・・・第1回、3歳(当時4歳)「牡馬・牝馬」限定、東京芝1800M
55年~57年・・・東京芝1600M
58年~59年・・・中山芝1700M、上位5着までに皐月賞の優先出走権を付与
60年~・・・以降、コース・距離は基本的に中山芝1800M
(例外:64年東京・72年東京・88年東京・2011年阪神)
84年~・・・グレード制導入によりG2戦
91年~・・・皐月賞優先出走権取得は上位3着までに変更

これで見ていくと、64年ダービー馬(3冠馬)シンザンは64年の3月29日東京開催のスプリングS1着馬なのですが、翌65年キーストンは2月28日東京開催の第2回芝1600M弥生賞を1着した後、改めて3月28日中山開催のスプリングSを2着し、(皐月賞14着>OP1着の後)ダービー馬の栄冠に輝きます。

82年に弥生賞の上位5頭にも皐月賞の優先出走権が付与され、「弥生賞」VS「スプリングS」の構図が完全に確立され、それを受けてなのかどうか、83年にはミスターシービーがまだ芝1800M施行の弥生賞を勝って3冠馬に輝くわけですが、ここではその翌年の84年のグレード制導入の芝2000M化・弥生賞(G3)馬=シンボリルドルフ世代からの考察とさせて頂きます。

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